同級生の友人を亡くして今思うこと 悔いのない人生を生きる

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先月、小林麻央さんの訃報を職場で聞いて知り、驚き過ぎて仕事の手が止まるほどの衝撃だった。

「まだ若いのに・・・」と悲しみにくれる同僚。

私は家に帰ってから何とも言いようのない悲しみが込み上げてきて落ち込む日が2日ほど続いた。

前に子宮頸がんの一歩手前の病気の疑いがあり、とても人ごととは思えなかったからだ。

どうして神様は必要とされている人をこの世から奪ってしまうのだろうか。

旦那さまや子どもなど大切な家族がいる人が若くして亡くなるのは、あまりにも酷なことに感じたから。

私のような独り身がこの世を去っても、それほど悲しむ人はいないかもしれないけれど。

人間の生きる意味を深く考えさせられたできごとだった。

そんな悲しみの中、追い討ちをかけるように私のもとへ同級生が亡くなった疑いがあるとの連絡が・・・。

信じたくない!でもゲームのスタミナも送られてこないし・・・と嫌な予感が頭をよぎった。

電話をしても出ない。

折り返しの連絡もLINEもない。

手を尽くして情報を調べたところ亡くなったのは、やはり本人だということがわかった。

あまりにも急なできごとで動悸と涙が止まらなかった。

「何かの間違いであってほしい」との思いもむなしく、事実は残酷だった。

パニックになった私は他の同級生に伝えなくてはと思い連絡を取ることに。

10年以上連絡を取っていない友達もいたが連絡しなければならない。

奇跡的に全員から連絡が来て事実を伝えたところ、みんな私と同じように驚き言葉を失った。

悔しい、やりきれない、すごく辛い気持ち。

その後仕事が手につかない友人もいて伝える時間を間違えたことを後悔した。

人はいつか必ず亡くなるとわかっているのに、こんなにも悲しいのはなぜだろう。

今年の初めに2人で会った時に「みんなと会いたい」と言っていた友人。

その願いを叶えてあげられなかった後悔ばかりがつのる。

割と近くに住んでいたのに、もっと会っていればよかった。

今会いたいと思っている人がいるなら連絡をためらわずに会ったほうがいい。

次はいつ会えるかわからないのだから。

「もっとこうしていれば」という思いは私だけではなく周りの仲間も同じだった。

落ち着いた頃に友人の実家に行き両親に会ってきた。

後悔していることを話すと「きっとそういう運命だったのよ」と。

あまり自分を責めないでとの心遣いが胸にしみた。

この辛い気持ちを共有できる人、仲間がいることに感謝した。

悲しさが波のように押し寄せてきて何日経っても消えることはなかった。

しっかり悲しみ、そして現実と向き合うことが大切。

精神的に不安定な毎日だったのに1週間もすると、この状況に少しずつ慣れてきている自分がいて正直怖い。

時が解決してくれているのかもしれないが忘れたくはない。

一生忘れることはないと思うけれど、忘れない、覚えていることが友人にとって一番の供養になると思う。

生前いわゆる「いい人」が若くして亡くなることが多い気がする。

人生での学びを終えて神になったということなのだろうか。

今までいろいろ頑張ってきたのだから、ゆっくり休んでほしいと思う。

その一方で、どんなに辛くても残された人間は生きなければならない。

どんな気持ちで亡くなっていったか、やり残したこと、心残りだったことがあるかもと考えると一分一秒でも、この現実世界を無駄にできない気がしてくる。

そしていつか自分がこの世を去った時に向こうの世界で会えるといいなと思う。

その頃友人は輪廻転生でこの世に生まれていて入れ違いになるかもしれないけれど。

今は悲しくても友人の分まで精一杯生きていくだけ。

そして命尽きるまで後悔のないように生きていきたい。

きっと友人は天国から見守って応援してくれていると思うから。

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